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スペイン支配以前の歴史

民族の移動

今から25万年前、フィリピンはアジア大陸と陸つづきでしたが、そのころ象やさいとともに人間も渡ってきました。しかし、それらの人々はやがて滅びてしまいました。

2万5千年~3万年前、旧石器を使うことのできる人間が渡ってきました。これらの人々は現在ネグリートと呼ばれ、少数ながらフィリピン各地に住んでいます。

そのあと農耕の得意なインドネシア人や首狩りの習慣のあった戦闘的なマライ人等が船にのってフィリピンにやってくることになるのですが、現在のフィリピン人の直接の祖先は今jから1900年から700年前にやってきたアルファベットを使うことのできるマライ人だったようです。

彼らはフィリピン各地に居住し、10世紀には中国と貿易もはじめました。 その後益々中国との関係は密になり、多勢の中国人たちがフィリピンに移住し、彼らをぬきにしてはフィリピン経済は語れない程になるのです。

しかしある日、平和な南国の生活に大きな変化がおとずれました。

アラブの伝導学者がイスラム教を伝えたのです。

伝来した中国文化の例: 磁気、銀、火薬の西方、たこあげ、カード遊び、服装等。

イスラム教の到来

アラブの伝導学者ムクドゥムがスールーに上陸して10年後、1390年スマトラの王子ラジャバギンタはイスラム軍をひきいてスールーに来こうしフィリピンで初めて鉄砲を使用して土着民を征服してしまいました。

そのあと次々とイスラム軍が上陸。各地にイスラム王国を建設したのです。彼らはイスラム教の教え通り法律を定めるとともに、アラビアの進んだ文化を数多く伝え、フィリピン文化を大きく向上させました。

王国はふつう30から100家族ぐらいの集団でバランガイとよばれていました。

王は司法、行政、立法、軍事すべてをにぎり、時に他のバランガイを制圧し強大化する者もありました

彼らは着々と北上し、16世紀にはマイニラに2000人以上の人口をもつ大きなイスラム王国が誕生。マイニラの王ソリマンは中部ルソンの各バランガイ(王国)を支配していました。

これが現在のマニラだったのです。

このままイスラム教が北へ北へと進めば、やがてフィリピン北岸から海を越えて日本までやってきたかもしれません。

伝来したアラビア文化の例:イスラム教、法律、政治組織、暦、アラビア文字、ムーア人の芸術および科学、火器の使用技術、物語。

この記事は以下の文献から転載しました:
「フィリピン社会科 HANDBOOK 歴史編」
1982.12 マニラ日本人学校